海風ヤンマ物語(2)

《学校のおばけ・春その三》

今日は春休みの四日目。ボウもカズマも、新学期には五年生になります。修了式には、カズマは四年生代表で校長先生から修了証をいただきました。三つのクラスに三十五人の生徒でしたから、カズマの得意はたいへんなものでした。

やい、カズマ。ぬしゃ、松尾先生ば、たばかったか。ぬしのひいきされたとは、どがんしても、がてんがいかん。おいなら、ぬしより体育はぜっさい、うえじゃい。朝礼台にのぼるとは、まったく、はらふくるるごたる。おいは、あんまりくやしゅうして、あたまにきたばい。いっぺんおいと、相撲でしょうぶしろやい。

ゴンちゃん、おりゃなんも先生にゴマすっとらんぞ。なんでん、キョウコチャンのかわりば、やれって、そいだけのことじゃろ。おいじゃったって、たまげて胸のあつうなったとぞ。ばってん、そいでもきにくわんなら、相撲でんなんでん、しょうぶしたっちゃよかぞ。さあ、こんかい。

ボウが二人のあいだに入って、ちょっと深刻な顔で言いました。

おりたちの、五年生はどぎゃんなるとじゃろ。うわさじゃ、松尾先生のおらんごとなるらしか。もう、きのう引っ越しさしたらしか。おりゃ、なんかつらか。ほんとじゃろか。ゴンちゃん、なんかしらんね。

なんばいいよっとか。そぎゃんことのあるか。おりゃ、次ん日、職員室で松尾先生ばみたぞ。ふつうにしとらしたぞ。じやろが、ボウ。

うんにゃ、おりはきいたばい。かあちゃんも、いいよんなっと。松尾先生な、となりん町の東小にかわらすとって。

うそつくな、カズマ。そがんことの、あるか。ぬしゃ、ほんなこて、ごうつくばい。

いんや、ほんなこてって。今朝の新聞にのっとったって。
おいも、見してもろたっさ。

ほんとにほんときゃ、ボウ。ほんとなら、おりゃ、くやしか。校長先生に一揆ぞ。だいたいが、あのひげ校長は、いっつも松尾先生につろうあたっとろうが。秋の運動会でん、おれたちが花壇ば、ちらかしたって、なんで、松尾先生ば、泣かすとか。おりゃ、校長はすかん。ボウ、カズマ、いまから学校いこかい。

学校までの道すがら、三人は総社神社の一の鳥居脇の、桜の枝をそれぞれ手折りました。それぞれの枝に今を盛りの桜の花が、美しく咲いています。それぞれが松尾先生への贈り物だと考えています。
そろそろ、いつでも校庭で遊んでいる、校庭好きの子供たちも、帰る頃でしょう。泥んこ野球帽やシロツメグサの花輪の子供たちが、先生にうながされ、サヨナラしてる頃でしょう。
三人は少しその時間を待って、学校の裏の古い急な石段を登って、静かに中に入りました。図工室の下を通り音楽室を通り過ぎ、保健室の横の五段ほどのコンクリート階段を上がると、四年生のクラスのある校舎に出ます。三人は、慎重に中庭を通って職員室の棟に行きかけました。

こらぁ、おまえら、なんしよる。学校休みぞ、もう遅か。早よ帰って、家の手伝いでも、せい。

学校で一番恐ろしい声がしました。六年担当のイワサキ先生の大きな声です。二階の理科室の窓から、じゅうぶんに監視されていたのです。

逃げろ、捕まっと、ビンタされっぞ。

一散に、裏手の大きなくすのきの陰まで走りました。
理科室前の廊下は、黒い人影が、窓の鍵をいちいち掛けて廻っているようでした。
その黒い影がゆさゆさ渡り廊下を過ぎて行くのを確認し、三人はくすのきからまた、中庭を目指しました。

お前たちゃ、まだおるっとか、校長先生のとこ、連れてくぞ。

なんと、あの黒いものが、一回り大きくなって、一階の飛び石の上に現れたのですから、たまりません。ゴンはあわてて、こけましたが、なんとか走ってます。ボウもカズマも我先に、裏門側に進路を変えて遁走しました。

あやぁ、おとろしかった。肝の冷えたばい。

イワサキっちゃ、怖か。おりは、いっつも、柔道の技かけらるる。

ゴンは、太かせん、ちょうど、よかっちゃろ。

そいが、たまらんったい。

なんだか、ゴンが可哀想になったボウでした。
もう少し、裏門の苔むした石段で様子を見ていることにしました。
もう随分と、春のお日さまは下りてきています。プレゼントの桜もすこし、散ってしまいました。

ほとぼりをさまし、三人はもう一度、中庭側から職員室の下まで来ました。

どや、まずはさ、おいが窓ん下から見てみるけん。ボウたちゃ、ちぃっと、まっとれ。

一番背の高いゴンが、背伸びしてやっと覗けるくらい、ここからは職員室の窓は高くありました。ゴンは精一杯伸びあがって中を伺っています。長い時間だったのか短い間だったのか、とにかくボウとカズマには、訳もなく不安な一時でした。

うんにゃ、松尾先生な、ござらっしゃらんばい。どげんしたとやろ。

ゴンはもう一度背伸びしました。

なんか、ヒゲの前に知らん人のおる。わっか女の人のごたるばい。

あいやぁ、松尾先生の席に、座りよらす。おかしかぞ、そかぁ、松尾先生の机じゃろが。好かん。

ゴンはひとりごとのように、うめきました。

ボウもカズマも、窓枠のさんに手を掛けて伸び上がりました。ガラス窓には夕方の陽光が反射して、中はよく伺えません。

ゴン、ちっとおいば、持ち上げてくれ。

ボウをゴンが抱き抱え、ボウはケンスイをがんばって、ようやく職員室の中が見えました。

ほんとばい。やっぱ、おらっさん。

次はカズマが持ち上げてもらいます。

ほんとばい。かあちゃんの言うたとおり、もう引っ越さしたごたる。机に荷物の、いっちょん、なかもん。

じゃろ、じゃろ。
(下でゴンは重さに耐えて、うめいてます)

松尾先生の机は、幸い窓際の列で、見慣れたその机は、もうがらんとして、無情にきれいでした。三人は、ただその机の教えることだけが、頭の中でぐるぐる回っていました。

あら、君たち。そこで、何してるの。

急に、そう声がして、驚いたカズマはさんから手を離してしまいましたから、たまりません。ゴンはカズマにどおっとつぶされて、下敷きになってバタバタしています。カズマは、ひっくり返ったカブトムシのように、手足を「降参、降参」してるだけでした。
すでに室内は灯りがともり、窓に夕陽が赤く反射して、急に表れた人影の表情を見ることは出来なくなっています。ただ、女性の姿と声がしたのは、間違いありません。

あ、いや、ちっと、おいたち。わ、忘れもんしたもんけん……。

ボウは、どぎまぎその場しのぎ。がらりと窓を開けたのは、若い女性の姿。その口元からは、ボウたちの聞きなれぬ都会弁。

そこの二人、大丈夫?(やや間があって)四月から、この学校でお世話になります。よろしくね。あら、素敵な桜ね。よろしかったら、先生にくださらない?

(こんな時は、考えるよりも先に、体は動いてしまうものですね)
ど、どうぞ。ど、どうも、では。さいならー。

三人は今は手ぶらで、一目散に校舎づたいに校庭まで走りました。

見たや。

見た。

ありゃ、おばけぞ。真っ白、やった。

おばけじゃ、なかろ。新しか先生じゃろ。

おばけのごたる。ユキオンナたい、唇のまっこうして。

あれが、四月からおいたちんとこに、来るとか。何て、ゆうたらよかとか、わからんもん……。

三人の脳裏に、今ほど会ったばかりの~~三人とはとてつもなくかけ離れた世界の、唇が燃えるように紅い雪の白さの肌の、ほのかにバラの香りの~~若い女性の姿が巡っています。
もしもこの世に、会ってはならないものが、おばけだとしたら~~現に子供たちには、今がそうですが~~そのおばけを見てしまったのかもしれません。しかし、おばけとは言っても、今会ったものは確かに生き生きと命を輝かせる生命体であって、幽霊などではないことも間違いなく、ただ三人にとって、まるで住む世界が違うという恐れを(子供というのは、そうした感情の振幅をまた別なものに転化するのが、日常の仕事みたいなもので…)、おばけという言葉にしたのでしょうか。

少し、理屈っぽくなりました。とにかく、この三人の子供は、今日の午後の出来事を一生忘れることはないでしょう。

三人は正門のゆるやかな参道を転がるように駆け降りて、夕闇迫る中、やぶさめの道を大回りして、まだポッカリと日溜まりを作った総社神社の顕彰碑の上で、一息ついていました。無性に疲れて、なおかつ仄かな憧れのような感情を、互いに伝えることも出来ず、あれは夢か、これが新しいことの始まりか、と納得したり期待したり、恐れたりしているのでした。
職員室ではその頃すでに、三人の名前が、美しきおばけと呼ばれた新しい先生(山之内葉子という名の……)に伝えられ、中の二人は山之内先生のクラスに入ることも分かっていたのですが。

三月と四月とでは、同じ一日の意味を持ちません。子供たちは、まるで違う帆船に乗りかえるようなものです。出船の風は吹くでしょう。全ては与えられ仕組まれていたとしても、風は一人ひとりが呼ぶものです。今日のささやかな事件も、新しい舟のハシケに足を一歩掛けたことになるのでしょう。
こうして、総社神社の桜満開の花びら舞う中、直に五年生となるボウたちの、新しい風の色がかすかに見えてきた、印象深い弥生の宵が静かに更けていきました。



《あまのじゃくのカズマと見栄っ張りのボウ・追想》

ところで、この物語りの中で、「カズマ」も「ボウ」も、まったく当たり前の名前や愛称のように語られていましたが、実際それがこの小さな町の中で、そうでなくてはならない事件があったのです。
どちらも大体二人が二年生の頃、そうと決まったのでした。
ボウのあだ名から、お話しますと、ボウは「見栄張りん坊」のボウということでした。本当の名前は エイコウ。でも今では、ボウの方しか、誰も呼びませんが。(おかあさんだって、今やボウと呼びます)
もともと、何とはなしにボウには見栄っ張りなところはありました。例えば、もらった御菓子はかならず、みんなに分けて自分は一番小さいもので我慢したり、遠足の時にはかならず真新しいズックで来たり(当然ながら、毎回靴擦れに泣かされていましたが……)、好きな女の子の前では、口を真一文字に結び、大股で足音高く歩き回ったりします。そして後ろに回ったら、中くらいの声で、流行りの歌を歌ったりするのです。一年生の秋にはこんなこともありました……郵便屋さんにおつかいに行って、窓口のおばちゃんに緊張のあまり「五円の切手は、いくらですかっ」って聞いてしまったのです。そばのユタカに「五円のは、五円じゃろ」と、たしなめれても、「聞いてみんば、わからんろもん」ってボウは譲らなかったそうです。内心は、きっと「しまった」と後悔していたりするのですが。
そんな風でした。まわりの子たちも、それはそれで嫌みとも感じず、自然に接していました。
それでボウの決定の事件は、二年生の九月に東京の偉い絵かきさんが、ボウたちの小学校に絵の歴史のお話しに来てくれた日のことです。
色んな絵を見せてくれました。とくに西洋の有名な油絵は、それはそれは素晴らしく、絵がうまいと自他ともに認めるボウは、まったく感動したのです。とりわけ「春」というニンフたちのしあわせそうな絵には、涙が出そうなくらいでした。
そしてその絵かきさんは、途中でみんなに質問をしました。黒板に白いチョークで長四角に八本の線を八方に伸ばして描き、「さあ、これは何を描いたのか、わかる人。ちなみに、これは近代のヨーロッパのすばらしい絵かきが描いたのですよ。」と、問いかけたのです。
講堂の中は、静まりました。ボウはその時、ひらめきました。ちょうど昨日の学研10月号にあった、都会のデパートの新型クーラーの形にそっくりだったのです。それに自分は絵がうまいと思ってますし、勇気を出して手を挙げて「クーラーですっ」と答えました。講堂と偉い絵かきさんはもう一度一瞬静まりかえりました。そして絵かきさんは、当惑顔でちらっとボウを見て、すぐに顔をそらして、何ごともなかったように話しを続けていきました。それは走る馬だったのです。馬の走る姿が首と尾と六本の脚に描かれていたのです。やがて講演は終わりました。
その日の帰りがけのやぶさめの道辺りで、上級生が集まってボウにむかって、やいやい言いました。
「なんで、あれがクーラーとや」「クーラーっちゃ、見たこと、なかろもん。エイコウちには、クーラーなんじゃ、なかろが(いや、ここのみんなが見たことなどあるわけないのです)」「見栄ば、張りよったとたい。見栄坊たい」「見栄坊。やーいやーい、見栄坊、見栄坊」
それから上級生は二日ほどボウに会うたび「見栄坊、見栄坊」と言いました。三日目からは、面倒になったのか「坊、坊」とはやしました。でも、五日目には飽きてしまって、上級生はもうなんにも言いませんでした。そんなことより、竹ひご飛行機に夢中になっていました。それでも、同級生たちは、なぜか嬉しそうに「ボウ、ボウ」と呼びました。キョウコチャンだって、六日目には、ボウと呼びましたから。ボウもはじめは悲しかったのですが、七日目には、自分が「ボウ」なんじゃないかと思えてきました。(エイコウって、ちょっと間違えば女の子の名前みたいだと思ってましたから)
あの日の翌朝、担任の赤城先生だけは「偉かったよ、よく手ば挙げたもんね」と誉めてくれました。もっとも今では、赤城先生もボウと呼んでいますけど。きっと、本当の意味はご存じないのでしょうね。

カズマの本当の名前は、カズミです。なぜ、カズマになったのかというと、これはカズマの普段の心掛けの問題でした。カズマはいい奴で、クラスの人気者でした。でも、ちょっぴりあまのじゃくな性格がありました。好きな女の子の前では、悪ぶりますし、先生に教えられても、納得しなければ、すぐにはうんとは、言いませんし、上級生の理不尽にはあえて反抗的態度で、上級生からは目をつけられているのです。
ボウの小学校では、三年生の中頃まで、学校給食はありませんでした。ですから、みんなお弁当を持ってきて一日を過ごすのです。
四時間目がやっと終わる頃には、もうみんな腹ペコです。カラーンコラーンと鐘がなって先生にあいさつしたら、みんないっさんにお弁当を開いて楽しそうに食べ始めます。女の子はまとまって、男の子たちもなんとなくグループ組んで床に車座になったりして、一生懸命食べています。
カズマもミッチャンやコウチャンやセーやモーチャンやヒロたちと、いつも一瞬に食べるのでした。ボウはその頃、となりのクラスでしたから、一緒ではありません。カズマの家は、あまり豊かではありませんでした。山合に段々畑を開き、キャベツやトマトを作るお百姓をして、カズマたち六人のこどもを育ててくれていたのです。他に鶏舎には三十羽くらいのにわとりが卵を産んで、それもカズマの家の支えでした。なので、カズマのお弁当は大概麦ごはんに梅干しの日の丸弁当と片隅には卵焼きが二切れ。ちょっぴり塩味の利いた卵焼きです。カズマも毎日美味しそうに食べました。そんな六月のある日、カズマのお弁当には卵焼きが見えませんでした。その日、カズマのおかあさんは朝から体調悪く寝込んでいました。何度もカズマに謝りながら、今日は自分で弁当を詰めていってくれるように頼んだのです。
「やあ、カズミの弁当、卵のなかねぇ」「ほんなこて、今日はなかねぇ」「今日のは、ほんもんの日の丸たい」とまわりの友だちが、大声ではやしたてました。カズミは、ムッとしたようでしたが黙って食べています。
「卵のなかと、六校時の体操はできんじゃろ」鉄棒はカズミがこの学年一番です。「力のぬけよるろ」「今日はおいが、さかあがり勝つぞ」
また、まわりがからかった時、女子の輪の中から、ノリコが近づいて来ました。
「これ、とって。鉄棒ば、がんばらっさんと」ノリコのお弁当の蓋に、一切れの艶々光る卵焼きが乗っていました。ノリコのおかあさんの卵焼きはとても甘くて美味しいと、前々からうわさでした。ノリコの透き通るような頬に、少し紅が差しました。(おかあさんのことをママと呼ぶのは、この田舎町では、ノリコが初めてだろう、そしてノリコ以外は似合わないと、なぜか思っているカズマでした……)
まわりの男の子は静まりました。カズミは少しためらいましたが、「ありがと」と小声で言って、その卵焼きを受け取りました。美味しい美味しい、初めて食べる卵焼きの味でした。あんまり甘くて美味しくて、二口で食べてしまいました。「やあ、うらやましかぁ」「うまかろ、うまかろ」「わがんちより、あもうして、うまかろもん」友だちにからかわれると、なんだかカズミはあまのじゃくになりました。カズミのおかあさんをバカにされたように感じたからです。
「まずか」と小声で、思わず言いました。
「まずかって」「ノリコやい、まずかってさ」「やあやあ、ほんなこてな、まずかとか」ノリコは少し悲しそうな顔をして、でもバラ色の唇に微笑みを浮かべ、女の子の輪に戻りました。
「まずか」「まずか」「まずか」まだ、やんちゃな男の子たちが大声ではやしました。ところで、ノリコはこのクラス一番の可愛い女の子で、家も電気屋を営んで裕福で、ここの男の子たちはみんなノリコのことを内心こころよく思っていました。だからこの際、からかってしまうのですね。「ノリコ、まずかまずか」「まずかぞ、ノリコ」「まずかまずか」大体、しつこくなるものです。
ノリコは、うつむいてしまいました。(あぁ、今日もノリコはあのバラの唇で、ママと呼んで、おかあさんに甘えるんだろうか……そんなことを、今考えてしまった自分を、カズマは恥じました)
「まずか、とは、おりのかぁちゃんの卵焼きたい」カズミは思いきって、みんなに向かって、そう宣言しました。
すると今度は「カズミのまずか」「まずかとカズミ」「まずか、かずま」「ありゃ、まずかのカズマ」「まずか、カズマ」「カズマ、カズマ」もう、男の子たちは悪のりし過ぎですね。それにむきになって、カズマも「おうちゃ、おいはまずかのカズマたい。ばってんか、うちのかあちゃんのも、ぬしらんより、たいがい、うまかっつぉ」
その気迫に、まわりは圧倒されて静まり、普段の昼休みに戻っていきました。「まずかのカズマ」の誕生以外は。
そんな訳で、以後カズマが市民権を得、カズマも「カズミよりかっこよか」と存外気に入ったようです。それにカズマのあまのじゃくは、以来少し薄らいだようでもあります。
以上が、二人のあだ名の由来です。


《出会いは、海流の如く・四月》

この四月、先ず面白かったのは、ボウとカズマが山之内葉子先生のクラスになった時のことでしょう。体育館の外壁にクラス分けの模造紙が張り出され、子供たちみんなハラハラドキドキ。まあ、なんとか大騒ぎも終わり、みんなそれぞれの教室に入り、新しい担当の先生をまたハラハラ待っています。とくにボウとカズマは、初めて見る先生の名前に内心穏やかではありません。

ボウ、ひょっとしたら、あん人じゃなかろか。(不安は共有しなくてはなりません)

じゃろか。じゃったら、おいたち、まずかな……。

これからまた体育館で、始業式。主任の増山先生に促されて、五年二組の子供たちもなんとなく並んで体育館まで行進しました。ガヤガヤ楽しそう、少し不安そうな二組の子供たちです。(まあ、誰しもそうです、新しいことの始まりってことは)

始業式。色々あって(だって二人は気が気じゃありません)、いよいよ、新しく来た先生の紹介、校長先生が壇上に六人の見慣れぬ人を誘いました。一人除いては……。

色々あって、そこは省略(だって、あんまり覚えてません)、今、クラスに戻り、先生の来るのを待っています。
前のドアのガラスに人影が見え、そしてがらりと開きました。
一瞬、胆がつぶれるかと思ったボウでした。だって、そこに現れたのは、ヒゲの校長先生だったからです。

えーっとか、おーっとか、ギャーっとか、とにかく、この五年二組になった子供の中で叫ばなかった者は、いなかったでしょう。でも直ぐに、沈黙。校長の三歩後から、あの若い女の先生が入ってきたからです。

まあ、そんな訳で、校長先生のエスコートのもと、ついにあの山之内おばけ先生がボウたちの前に正式に現れました。すでに板書された氏名順に、子供は座っていましたから、ボウは四月ってのはいつも、一番前の席。この年ほど、早く席替えしたいと思ったことはありません。隣がちょっと気になる、ユウコであることを除いては。

まず先生は、順番に名前を呼びました。ボウはかすれた声になったことを、後で悔いましたが、なんとか返事出来ました。その時一回、おばけ先生の顔を真っ直ぐ見ました。あの時と、同じ香りがしました。
進んで、十五番目のカズマの番です。

〇〇カズマくん。

!!どったぁーん!!
……はぁ~いたかぁーっ!!

これが、カズマの返事でした。カズマは、それまでの緊張感を、見事に椅子の上からひっくり返るという離れ業で、ドタバタ喜劇に昇華したのです。(故意だったのか、事故だったのか、ボウはその後確かめたことはありません。カズマのことだから、わざとやったんじゃないかと、疑ってはいますが……)とにかく、その事で、妙にクラス全体の緊張がほぐれたのは確かです。一番ほっとしたのは、おばけの葉子先生だったのも確かです。(もうおおあわてで、カズマのところまで、走った葉子先生は、カズマを支えたりイスを立て直したり、ケガが無いのがわかってひと安心。でもこれで、一気になごやかな語り口になりましたから)
びっくりしたり笑ったり、一番手っ取り早い絆の一歩でしょう。その意味では、カズマは天才だなと、あらためて感じ入るボウでした。
その後の数日、入学式や身体測定、健康診断、自己紹介などと、色々あって……学級委員長には、優等生のゲンチャン、副委員長はユウコ。ボウは次点でしたが、結局進んでいつも通りの新聞係りになりました。カズマは、ごねていましたが、栽培係りに落ち着きました。ヤスコと一緒だから、まあ、よかったのではないでしょうか。

そのうち桜も散り、時々もめ事もあり(カズマ中心のケンカは二日に一回、女の子たちの訳の分からない阿鼻叫喚は、三日に一回)、葉子先生も大変だったのは、間違いありませんが、なんだが楽しそうなクラスだなとボウが安心した、二週間目の金曜日の放課後。ボウは葉子先生に頼まれて、もう一人の新聞係りのヒロコチャンと一緒に、印刷室で謄写版のローラーを回していました。ガリの蝋の匂いと開けたばかりのインクの匂いが、心地よく感じます。

こいは、なんじゃろね。

たぶん、家庭訪問の予定表じゃなかと。

見れば分かるものを、あえて話題にするのがボウらしいところです。
一時間もローラーをコロコロやって、ついでに印刷室の掃除も手伝って、印刷室の横の用務員のおじさんの部屋でお茶をいただき、あれやこれやとこの頃のことを話したりして、帰路に着きました。

ヒロコチャン、おばちゃんな、元気かや。(幼なじみのヒロコチャンちには、小さい頃は、よく遊びに行ったものです。おばちゃんはとても優しい人です)

うん、元気かよぉ。やかましかくらいたい。ボウのおかあさんは元気にしとらす?

うん、今、ちょっと入院中。

ボウのおかあさんは明るい人で、友達が来ると真っ先にみんなを大笑いさせたりするのですが、少し病がちなのをみんな知っています。

そうねぇ、大変かねぇ。大事にしてやらっさんと。

毎朝病院に、昨日の新聞ば、おいが届けっと。家庭訪問も後回したい。

谷川病院の結核病棟は、敷地の一番奥のはずれに在ります。ボウは近道の山を抜けて、毎朝おかあさんのところに寄ってから学校に行くのです。おかあさんは、あと一月で退院出来ると、聞いています。病室の加藤さんや貞方さん、みんな、明るく迎えてくれます。昨日の報告をして新聞を渡し、まもなく学校への道をとるのです。病室の裏に回ると、木々の間に瀬戸の穏やかな流れが見え、朝日に美しくきらめいているのでした。

連休が明日から始まります。ボウとカズマは、放課後みどり場に上がりました。明日から、あそこの大きなタブの木にやぐらを組んで、みどり場基地を一段充実させる計画。その準備に来たのです。
二人が、タブの木に登って、枝振りなどを確認していると、下からカンスケの大きな声が響きました。

あいやぁー、地わなに鳥のかかっとる。ヤマバトばい。

まだ、生きとっぞ。

ボウもカズマも、下りてきました。

目の血走っとる。必死かね、こいつ。

傷ついた羽根で地面をバタバタ叩き、どうにか逃れようともがいているのです。

逃がすな、逃がすな。

こいつば、焼いて食っちゃろか。

ハトはまずか。じいちゃんの言いよらした。だいたい、もう鳥ば捕ったら、ケイサツさんに捕まるつぉ。

そぎゃんことなかよ、おっちゃんたちも、メジロば、捕りよらすろが。

ありゃ免許のあるつぉ。

とにかく、カンスケがこわごわ、わなを外しにかかりました。ヤマバトは最後の抵抗を示します。
なんとか抑えて身柄の確保に成功、カンスケは獲物を満足そうに抱きかかえました。

いててぇ、つつかれかぁ。

我慢せんな、カンスケ。早よ、袋にしもうてしまえ。

い、いてぇ!あ、いててぇ。

カンスケは耐えきれずに、思わず手を離しました。ヤマバトは地上に落ちて、ひっくり返りました。羽根の根元が血に染まっているのが見えました。羽がそこらに散らばりました。カズマがあわてて押さえようとします。
ヤマバトは身を翻して、地上をケンケンしています。左の脚がおかしいようです。

折れとんな、脚の。

ヤマバトはせわしなく首を動かし、子供たちの顔を伺っています。それから羽根に最後の力を入れて、バタバタ助走して少し空間に上がりました。ドタリと落ちて、また飛ぶ努力をしています。突然こちらに向かってきました。あわてた三人は、ひっくり返りました。またドタリとボウの足下に落ちました。

どがんしょか、こいば。捕まえきるや。(こんな時こそ、ゴンが居ればと、思わずうめくボウ)

何度か追いましたが、みんなこわごわで、なかなか捕まりません。

しもた、しもた。挟み撃ちにしよ。

あいや、攻撃された。(てんやわんやの大騒ぎ)

その時……みどり場の椎の木陰からもしゃもしゃと異様な人影が現れました。みんな、びっくりしましたが、直ぐにそれが「ワレワレソモシャン」なのだと分かりました。

ソモシャンはゆったり近づくと、ヤマバトを抱きかかえました。ソモシャンにとって三人の子供は、まるでそこには存在しないかのようです。ぶつぶつ何かを念じながら、ヤマバトを大事そうに持ち去りました。ヤマバトはすでに、ソモシャンの腕の中で心地良さそうに眠っています。みどり場の反対側、ハゼの木陰にその姿はひとつの霧となって消えました。
三人はただ呆然と見送るのみでした。

ソモシャンな、あんまり頭良すぎて、狂わしたと。いっつもむつかしかことば、ぶつぶつ、ワレワレ、ソモソモ、言いよらす…。

京都の大学ば、出らしたって、かぁちゃんの言いよんなった。

あいは、飼うとじゃろか……。

それ以上、言葉を継ぐ子はいませんでした。霧のあとには、漠然とした尊敬と不安な心のざわめきだけが、暗い森の小道に霞んでいました。

それからボウたちは、夕日のみどり場を下りました……明日からの、楽しいやぐら造りのことだけを考えながら。そのタブの木の近く、小さな春のアオスジアゲハが一頭、美しい翅で回っているのが見えました。ボウにはなんだか、見てはいけないものを見てしまったような、そんな初めての感情を覚えた一日となりました。



《みんな、見ていろ。俺は韋駄天、一等賞・五月》

春の小運動会。秋のそれは、町をあげてのお祭りみたいなものです。大人も、いや、大人たちほど、その日を待ち望んでいて、まるで花見の大騒ぎのようになります。春のそれは、基本的には小学校内部で子供たちだけの、運動能力向上のための競技会です。
一番の花形は、百メートルの優勝者。ボウはあきらめていますが。(でも幅跳びだけは負けないつもり。ジャンプ力だけは負けないつもり)
二百メートル走も終わり、一二年生の五十メートル走。頑張ってますね。いよいよ、五年生の百メートルの番です。これはクラスから二人の選手です。優勝の最有力候補は一組のアカチャンです。二番は、やっぱり一組のシェー。どちらが勝つか、応援の者もハラハラドキドキです。

ヨーイ、ドン!

いきなり三組のノボルが飛び出しました。なんだかフライングっぽいのですが。二組のボンニイも速い飛び出し。(あっ、ボンニイって同級生なのですよ、体が大きく、なんだが兄貴みたいなので、このあだ名)いよいよ、中頃に差し掛かり、アカチャンの追い上げがすごい。ユタカやミッチャンやノボルはすでに追い越されました。シェーがまだリードしています。ボンニイもまだ先頭並走。あと二十メートル、十メートル。
その時……第一コースのボンニイが、右のシェーのコースによろめきました。大きな体で無理しすぎたのかもしれません。あわてたシェーは右に跳ねました。ですから、アカチャンはたまりません、いきなりの体当りにバネのような細身の体がもんどり打って砂煙に消えました。ボンニイもシェーも、よたよたしています。

アカチャンはすぐさま、立ち上がりました、そして猛スピードでゴールラインを駆け抜けました。ただ、漁夫の利を得たノボルの、優勝のテープを切る背中を見ながら……。

後日、ボウはアカチャンと話しました。ちょっと慰めたかったのです。

うんにゃ、負けは負けたい。ばってん、みんな知っとるろ。俺は韋駄天たい……六年になったら、今度は絶対負けん……。

なんかかっこいいな、とボウは思いました。漁師の跡継ぎの、アカチャンの赤銅色の細い脚が、菜の花畑の昼の光に輝いた、五月の一日。友達のことが、こうして好きになるのだと、ボウは嬉しくなった思い出話しです。



このエントリーをはてなブックマークに追加